
《第8話》
前回は社会人一年生の頃の、ずいぶんとダメ社員ぶりを暴露してしまったので、もしかしたら、「メンタルケアの講師だなんて相応しくないのでは?」なんて思われてしまったかも知れない。
しかし、ここに書いている私の経験は、何一つ飾ることの無い、私の等身大の話だ。
心の世界というと、何か神秘的な、不思議なパワーとか、難しい専門用語とか、そんな、耳触りの良い言葉で自分を飾り立て、すっかり分かった様な気持ちになることがある。
しかし、実際はどうだろう。
本当の学びは、常に自分の足下に示されていて、その事実に気づけるか、見過ごしてしまうのか・・・
少なくとも私が若い頃には、いつも目の前にあった「答え」に気づかず、何か「神聖な世界」に答えがあると信じていた。(精神世界を探求する多くの人が陥っているような気がします)
そんな私の経験がもしかすると、今なお迷い続ける人々の何かのヒントになるのでは……そんな気持ちで、話を続けていこうと思う。
社会人になって1年。相変わらず、無気力と無感動の日々が続いた。
自分はバカだったと思うが、一つだけ言えることは、いつも自分の心にだけは「正直」でいた、ということ。
さぼったり逃避もしたが、本音中の本音は、曲がったことが大嫌いな性質だった。
ある時、こんなことがあった。
生産中止になり、一切の在庫切れになった無線機のパーツを、電話で注文してきたお客様がいた。
初めは丁重に、誠意を込めて状況を説明していたが、とにかくネチネチと、しつこく責め立てられた。
「なんとかしろ、どこかに一個くらいあるだろ!」と、あまりに自分本位な無理難題を言う。
私は、相手のあまりにしつこく横暴な態度についに切れてしまった。
(私も若かったのです・・・)
「無いもんは無いんだ!」
と思わず口走った。
「お~言ったな。お前名前を教えろ!本社に連絡するからな」
と言われたので、
「田久保剛です。どうぞ、今すぐ本社に連絡して下さい。他に何か、私に聞くことはありますか?」

某無線機メーカー営業マン時代
と、堂々と答えてしまった。
「俺は後ろめたいことは何もない。文句があるか!」という気持ちだったのである。(流石にそこまでは言わなかったが (^_^;)
この時、すぐに本社の営業部長から電話があり、当然、注意は受けたが、
「若いな!(そうも言いたくなるよな~)はっっはっっは~」
と、思いっきり笑われてしまった。
とにかく得意先や会社からは、今思えば愛されていた。
しかし、そんな風に自分の正直な気持ちを曲げられない、不器用で生真面目な自分でもあった。
やりがいの無さを仕事のせいにしたりはしたが、やりがいを持とうと努力しても、ダメだったのだ。
そんな不器用な自分だったからこそ、やりがいを感じないまま、漫然と毎日を過ごし、適当に自分をごまかしては、器用に世の中を渡ることが出来なかったのだ。
仕事に不満を持ちながらその会社にいることが、周囲にも申し訳なかったし、甘んじている自分も嫌だった。
その時の自分にとっては、それが本当に正直な気持ちだった。
日々、会社や仕事へのモチベーションはどんどん落ちた。
その頃に読み漁った、精神世界や成功哲学の本の影響で、
「サラリーマンで決まった給料で我慢して働くのは嫌だ!好きな事をやってお金を稼いで自由な生活を送るんだ!」
そんな、「若気の至り」の感情に支配され始めていた。
まだ何一つ、会社に貢献していない自分を棚に上げ、一緒に働いている同僚を見ては、
「何でサラリーマンなんかで満足しているんだ、こいつらは!」
なんて、心の中では全く失礼な裁きをしていた。
そして私は、やりがいの無い生活から脱するため、とうとう無謀な決断をしてしまった。
今、振り返れば、学生プロレスで輝いていた過去の栄光を思い出しては、情けなくつまらない現状とのギャップを嘆き、自己を確立できず、いつかの時の自分のように何かの支えを懸命に探していた。
同じ過ちを繰り返そうとしていることにも気づかず。
当時、流行ったスピリチュアル系の本に、「ワクワクする事をやればうまくいく!」という主旨の本があった。
現実を受け止めず、その本に書かれた本質も理解できずに、その言葉に踊らされる様に、多くの若者が「自分探し」と称して会社を辞めた。
一種の社会問題になっていたこの現象で、会社を辞めた若者達が目指したものは、
「ワクワクした事をやれば、きっと成功できる!」
「とにかくお金を稼ぎ、欲しい物は何でも手に入れ、好きなことだけをして人生を送るんだ!」
という発想だった。
今では私も、このワクワクという感情の本質が何を意味しているのか分かるが、本質を捉えきれない、表面的な理解から来るその発想は、まさに「現実逃避」という無責任なものだった。
多分に漏れずこの私も、その頃、どうすれば成功出来るのかを必死に考えた。
「成功者はみなプラス思考を身に着けていた。
世の中はネガティブな奴らばっかりだ。
俺は違うぞ。
俺はプラス思考を潜在意識に叩き込んで、真の成功者になるんだ!
そして俺もワクワクする事だけをするんだ!」
家族の反対を押し切って、自己を超越する、というセミナーに参加したのもこの頃。
今思えば、こういう経験も本当に貴重だった。
現在の私があるのも、この「失敗談」とも言える、この頃の経験が生きている事は間違いない。
しかし、そもそもの動機が、現実逃避から来る「プラス思考」や「積極思考」の理論武装に過ぎなかった訳で、
この時に闇雲に学び、強烈に身に付いた、「プラス思考」の間違った身につけ方のお陰で、今の自分に至るまでに、更なる大きな「学び」を経験する要因にもなっていくのだった。
やがて後先も考えず、
「俺は自分のやりたい事をやるんだ!」
と、訳のわからない虚構の自信を引っ提げて、約二年間務めた会社を辞めることになる。
そして、私のさらなる自己探求という迷走が始まるのだった。