
《第30話》
ここで、ほんの少し話を遡らせ、北野本部長が来てまだ数ヶ月の頃の、私が最も業績を伸ばしていた時代に話を戻そう。
なぜなら、私の辞職と、その後の展開に深く関与することになった、ある鍵を握る人物を登場させなければならないからだ。
当時の外交セールス事業部は、北野本部長の手腕で部内全体が活性化し、かなり積極的に規模を拡大していた。
売上のレベルも、電話営業部門と比較されて肩身の狭い思いをしていた時代からは、考えられない高い目標数値を掲げ、それも確実に達成していった。
リクルートも盛んに行われ、従業員の数もみるみる膨れ上がった。
そして、それまでは電話営業部門と同じフロアーで、その片隅に席を置いていただけの外交セールス部門は、同じビルの広い別フロアーを専用にあてがわれ、部内の営業マンの士気も絶頂期を迎えていた。
この頃、私のお客様の一人で、もともとユーザーとして代理店を希望していた、東山さんというお客様から、代理店ではなく、本部に入社して働きたい、という希望があった。
東山さんは、某有名市立大学を卒業した後、日本人では知らない人はいない大手食品メーカーに入社。
あるメジャー商品において、国内シェアダントツ1位のライバル企業から、そのシェアを大幅に奪った、という実績を持つ、若手エリート出世頭の人物だった。
私より3つ年上で、大企業幹部という将来を約束された、誰もがうらやむその立場を捨て、私の会社で扱う能力開発の商品に惚れ込み、このB商品課に入って来た。
大企業同士の熾烈なシェア争いに身を投じ、その第一線で実績を上げてきた彼は、やはり入社当初から、他の営業マンとは違った。
彼は、私自身のお客様でもあったので、歓迎の意味を込め、入社直後に飲みに誘ったのだが、その場で私にいきなり喰ってかかってきた。
「あの目標数字はなんですか!あんな目標じゃ、A商品課を抜かすなんてできないですよ!」
そう言って彼が出した目標数字は、私が外交セールス部門に異動した直後に出した、あの金字塔と呼ばれた数字の3倍。
確かにその頃には、トップ営業マンの数名は、私が移動直後に出したその数字も何度か達成し、中には2倍にまで手が届く数字を出すこともあったが、当然、容易にやってのけるようなものではない。
まして、3倍の数字などそう簡単にいくか、と一瞬呆れた。
しかし、「何も内情を知らずに生意気を言うな」と言いたい気持ちはあったものの、彼の言葉にも一理あると思い直し、
新人の熱い気持ちに水を差し、その可能性にフタをするのも嫌で、結局放任した。
とにかく熱い男だった。