《第34話》
この頃の自分の心の中を表現することは非常に難しいが、あえて誤解を恐れずに表現するとするならば、
プラス思考で完璧なまでに出来上がったマインドの奥の、心のとても深い部分に少しずつ溝が出来始め、
その溝がどんどん心を蝕み、心全体を浸食して、空洞が広がりつつあったような感じではなかろうか。
湧き上がる自分の想いにどんなに固くフタをしても、隙間から本音の想いがジワジワと滲み出して来る。
そんな、本音と自分の立場との葛藤の中で、なぜか業績だけは更に、更に伸びていた。
そんな中、北野本部長が今度こそ本当に辞めてしまった。
私にとっては、ショックな出来事に違いなかったはずだが、その頃には私にも立場や責任があり、昔の自分のように自分を見失ったり、いつまでも虚しさに浸っている訳にはいかなかった。
しかし、本当のところは、今になってその時の気持ちや状況を表現しようとしても、ほとんど具体的なものを思い出せない。
言い方を変えれば、当時の自分はもうそれどころではないぐらい、既に心が侵されていたのかもしれない。
そして、北野本部長の後を追う様に、東山さんも退職した。
魂の指導を受けた上司が辞め、共に営業を熱く語った仲間も去った。
心にポッカリと大きな穴が空いたようだった。
この時、北野本部長の後任に就いたのは、入社当時、電話営業部門で私の上司だった山川本部長だった。
入社したばかりの頃の自分とは、すでに立場も、そして業績も全く違っていたので、当然、山川本部長は私を以前とは異なる、それなりの接し方で扱ってくれた。
しかし、それまでの外交セールス事業部のやり方から、急に、電話営業部門の様な管理体制を持ち込まれても、私の正直な気持ちは窮屈で、非常にやりにくさを感じた。
まるで、自分一人だけが、外交セールス事業部に取り残されてしまったような寂しさを感じた。
この年、プライベートでは長男も誕生し、年齢的にも最も情熱を燃やしても良さそうなものだったが、
実際の私は、熱い夏を終え、少しずつ秋の訪れを感じるかのように、自分の中に成熟した落ち着きのようなものが生まれていた。
同時に、それはまるで、少しずつ秋風が冷たい空気を運び、これから訪れる冬を予知しているかのようだった。
この頃の私は、商品を買ってもらおうとか、相手にプレゼンをしようなどと気張って意識せずとも、
お客様と電話や対面で話す中で、ほぼ雑談に近い様な、何気ない自然な会話をしているだけで、なぜか売れた。
実は、個人の最高売上記録を樹立したのもこの頃だ。
しかし、私の中には、「この実績は、私が扱っているこの教材のノウハウではなく、更なる心の世界を追究した結果として身に付いたノウハウだ」という気持ちがあった。
実際には、当然、そこに行き着くまでに自分の扱う教材を徹底的に実践してきた、というバックグラウンドが確かにあったはずだが、
そのことを、まるで別のことと捉えていた。
また、自分の商品を分かり易くお客様に表現するために、他の世界を学ぶ事は決して悪い事ではないのだが、
私は、自分の商品とそれ以外の自分が勉強している世界を切り離して捉えてしまい、罪悪感のようなものを覚えていた。
売上が上がれば上がるほど、この罪悪感は強くなる。
そして、お客様が増えるほど、それに反比例してお客様のフォローに手が回らないジレンマが、罪悪感にいっそう拍車をかける。
「あぁ、こんな時、自分の立場を捨てて、もっとこのお客さんの求めている事に応えてあげられたらなぁ…」と何度も思った。
無限の心の世界への強烈な関心と探究心。
同時に、自分の扱っている商品から離れる心。
心の葛藤と業績の相反する高い数字。
それらはまるで、心にポッカリ空いた空洞を、どんどんと押し広げていくかのようだった。
自分が立てた目標を達成しても、決して満たされない心。
それどころか、目標の到達と同時に更なる空虚が自分を襲う。
この満たされない心を満たすため、私はその答えを更なる心の世界の探求で得ようとした。
実はこの時、私は大きな過ちを犯していた。
会社にお膳立てされ、多くの間接部門の協力によって今の自分の営業成績が成り立っている事実など、その業績の良さで完全に見えなくなり、錯覚し、
自分の実力で何だってできるという気持ちが生まれ、少しずつ自分の中に芽生え始めた独立心や、
以前の記事、『意識のシフト…求心力と遠心力』にあった会社への不信感や反発心に手伝われるように、その錯覚が強くなっていった。