《第31話》
(前半より続き)
翌日、誰も見た事のない、その大胆な目標数字をホワイトボードに書き込んだのも、彼自身だった。
この東山さんこそ、私の新たな運命の扉を開けさせる、重要な鍵を握る人物になろうとは、まさかこの時は思いもよらなかった。
彼の存在は、良い意味でも悪い意味でも、外交セールス事業部に波紋を広げた。
彼の直属の上司としての責任者の立場で、現実離れした目標数字を掲げさせている罪悪感もあったが、他の課の課長達も達観していて、黙認してくれていた。
他の営業マンにとっては、いい意味で刺激を与えたのも事実だった。
彼は、周囲が驚くほどにアクティブな営業活動と必死の努力を重ね、私も出来る限り彼をバックアップした。
しかし、その月に彼が達成した数字は、確かに新人としては大変評価できるものではあったが、彼が果敢に掲げた目標には、遠く及ばなかった。
結局、最終的には、彼は苦い現実を味わったのだが、その結果は全く責められるものではなく、
固定概念化していた部の目標に対し、豪胆な数字を掲げて一石を投じた東山さんの功績は、大いに評価される部分もあった。
また、ある意味では、外交セールス事業部の営業マン全員を敵に回すような過激なその目標設定は、一流企業から来たエリート営業マンに対しての心理的反発心も手伝って、
地道な努力と足で稼ぐ営業を積み上げて来た、当時の私たちの「負けてたまるか」という営業マン魂を呼び覚ました。
そして、その東山さんのダイナミックさに、即座に反応したのが北野本部長だった。
北野本部長は、自身が純粋さとダイナミックさを併せ持ったような人だったので、そういう自分と同じ様な側面を持った人には、好意を感じたのだろうと思う。
北野本部長は、私と東山さんが特にお気に入りだった。
「田久保と東山は最強じゃな」とよく言っていた。
東山さんは、その後、現実を突きつけられつつも、徐々に私の営業スタイルに強く賛同するようになり、実直に業績を上げる様になっていった。
そして次第に、B商品課のNo.2の実力者となった。
しかし、東山さんはどちらかというと、もともと誰かの下にいて上をサポートするタイプではなかった。
その彼の性質を見抜いてか、新規に立ち上げた企業用の教材開発及び販売部門で、北野本部長の右腕として、事実上の責任者に抜擢された。
この頃は、東山さんの私に対する信頼は絶対的なものがあった。
また私も、彼のダイナミックで破天荒で、しかし、結果に対する貪欲なまでの精神力とその実力を認め、互いが互いに認めあえる、素晴らしい間柄になっていた。
だから、北野本部長の力になれるのであれば…という気持ちもあって、この話が来た時には、喜んでB商品課から彼を手放した。
また余談だが、この時期と前後して、私自身もB商品課の責任者と同時に、新たに開発された女性向けのヒーリング教材販売部署の責任者も兼任することになり、年下の女性ばかりを何人も部下に持ったりもした。
私と東山さんは、外交セールス部門の中でも、特に大きく北野本部長から影響を受け、感化された人間だった。
北野本部長に中心帰一する二人の絆は深く、またその深い絆故に、私たち二人は、運命という荒波に、大きく翻弄されていくことになる。