《第18話》
その後、山川本部長に呼び出された。
「俺は出したくなかったんだが、他部署からどうしても君を欲しいと言われ、しかたなく今回の異動になった」
と言って、新しい異動先の上司を紹介された時には、
「嘘をつけ!どうせ俺が泣かず飛ばずの売れないやつだから、他の部署に飛ばしたんだろうが!!」
と心の中で思っていた。
しかし、私自身、成績が伸びず、半分やけになっていた頃でもあったので、「どうにでもなれ!」という気持ちで、その辞令をすんなり受け入れた。
実は、私の異動の陰には、この時の私には全く知る事が無かったエピソードが隠されていた。
私が新しい異動先に移ってからしばらくの後に、たまたま上司との会話の中で、どういう訳か、この異動の時の話題になった。
なぜ、異例の人事で、私が異動することになったのか、その時の上司の今井次長が私に色々と聞かせてくれた。
今井次長は、もともと電話営業部門にいた実力者で、山川本部長と肩を並べて成績を競っていたような人だ。
会社からの異動命令で外交セールス部門に配属され、なかなか業績の上がらなかった「B商品」を扱う部署を一任されたのだ。
「A商品」は、もともと海外における、ある有名商品の販売ライセンスを取得したもので、会社のオリジナルではない。
「B商品」は、この会社の創業当時に開発された、会社オリジナルブランド商品だった。
知名度ではどうしても「A商品」に劣ってはいるが、「せっかく任されたからには、このB商品で一旗あげたい」という気持ちが、今井次長にはあったようだ。
「絶対に、この商品で売上拡大を目指すぞ!」
そんな思いが今井次長からは伝わった。
しかし当時、「A商品」と「B商品」では、まだその知名度はあまりにも差があり、とても勝ち目は無いと思えた。
このような悪条件の中で、ほんの数名の部下と共に、会社に存在感を与える部署になるためには、今井次長の実力を持っても、かなり厳しかったであろう。
そこで、今井次長は、新たな人材を他の部署から呼び、拡大したい、という申し出を、会社に出したようだった。
「俺は初めから、田久保を希望していたんだ。しかし、山川さん(本部長)はためらっていた」
初めから私を指名したと話す今井次長に、
(…こんなに成績の悪い社員を、今井次長も欲しがる訳がないし、山川本部長だって出す事をためらうはずがない。きっと俺を傷つけないために、言っているんだろう)
最初はそう思っていた。
しかし、その私の気持ちを察知したのか、
「本来見せるものじゃないと思うが……」
と言いながら、今井次長が、山川本部長との間で交わしたメールのやり取りを、こっそり私に見せてくれたのだ。
今井次長:「うちの課をもっと拡大するために、そちらの営業部から1人、人材をお願いします。希望は田久保です。それが無理なら○○さんか、○○さん」
山川本部長:「検討する」
今井次長:「ありがとうございます」
山川本部長:「ありがとうはまだ早い!」
実際にはもっと色々あったと思うが、確かこんな主旨のメールが、本当に交わされていたのだ。
今井次長は私に言った。
「ここにはドラマがあるんだ・・・。
『ありがとうはまだ早い!』あの言葉に、山川さん(本部長)の田久保への愛を感じたぜ・・・」
(……そうだったんだ・・・。)
確かに私は、成績は悪かったが、出来たら手放したくない、是非欲しい、と両部署のヘッドが、私を見ていてくれた事が本当に嬉しかった。
これまで、厳しく指導してもらったのに成績が伸びず、お荷物社員だった私を、このように思ってくれていた山川本部長に、今度こそ報いるために、
そして、ダメ社員の私を見込んで指名してくれた今井次長のためにも、この新しく与えられた役割の中で、絶対に花を咲かせてやる!
そう、心に誓った。
この人事異動で、私の運命は大きく変わることになる。
そして、これまで成績が伸び悩んでいたことも、その試練に絶え抜いた事も、
長く厳しい冬を乗り越え、春の日差しを迎えて大輪の花を咲かせる準備だったことに、ようやく気づく時が訪れる。