先日の『普遍意識瞑想セミナー』に再受講でご参加頂いた方が、数ヶ月の「普遍意識瞑想」の実践で非常に興味深い、体験に基づいたごご質問を頂きました。
この方が体験していることは、まさに、この普遍意識瞑想が正しく実践出来ている証のひとつでもあり、その瞑想の本質的な目的を理解する上で、とても参考になると思いましたので、田久保剛の見解を添えてご紹介します。
先日の『普遍意識瞑想セミナー』に再受講でご参加頂いた方が、数ヶ月の「普遍意識瞑想」の実践で非常に興味深い、体験に基づいたごご質問を頂きました。
この方が体験していることは、まさに、この普遍意識瞑想が正しく実践出来ている証のひとつでもあり、その瞑想の本質的な目的を理解する上で、とても参考になると思いましたので、田久保剛の見解を添えてご紹介します。
お陰様で、私、田久保剛が代表を務めるCTPeakは本日で創立7周年を迎えました。
ラッキー7の節目という事で、振り返って見ましたが、振り返りきれないぐらい、いろんな事のあった濃密な7年間でした。でも、そのいろんな事のほとんどは、三次元的には結構、困難な出来事ばかりでした。
で、困難だったから、嫌な思い出だったかというと、その逆で、別に強がりとかそう言うのでもなく、本当に楽しくエキサイティングで充実した、または深遠で感慨深い思い出の数々です。
まさに東尋坊の崖っぷちに追い込まれるような事もありましたが(^_^;
でも、崖っぷちに追い込まれなければ味わえない貴重な体験でしたし、その困難な状況が要所要所で数多くあったからこそ、
その全てが、人間智を超越した、大いなる偉大な力で、想定外の展開で解決していく奇跡の連続を味わっていけたのです。
精神世界の名著、『黎明』の著者、葦原瑞穂さんの逝去から今日で丸2年になります。
あの日のことは、過去にも多く触れましたので、今日は、この節目の日に葦原瑞穂さんに意識を向けて、『黎明』や葦原瑞穂さんに対して田久保剛が感じている事を、心に浮かんでくるがままに勝手気ままに書き綴ってみました。
期間限定で「無料メールセミナー」登録者にプレゼントしている、田久保剛のセミナービデオ、『神の道具としての生き方』をご覧頂いた方々からのご感想の一部をご紹介します。
ここにご紹介するもの以外にも、このビデオの視聴をきかっけに、個人的な様々な体験や問題解決、天からのメッセージのような気づき、インスピレーション等のご報告を頂いています。
共通しているのは、私を通してお伝えしたこのビデオの情報の、その背後のエネルギー、波動が、視聴者の深奥に在る本質、普遍意識と共鳴した、その結果の表現がとても多いなと感じました。
私からの簡単なコメントも添えましたので、参考にしていただけましたら幸いです。
なお、ビデオにご興味がありましたら、この機会にどうぞご覧下さい。(※視聴には無料メールセミナー登録が必要です。ビデオ無料公開終了は2018年10月6日迄)
「『赦し』を実践したけど、まだ怒りが残っている・・・この場合、どうしたらいいでしょうか?」
というご質問を頂いた事をきっかけにして、「赦し」の成果の正しい捉え方、そして、その成果を最大にするポイントである、
『1/100ディスカウント理論』について、田久保剛の「普遍意識瞑想セミナー」の講話の一コマからご紹介します。
「天国への階段理論」と言う喩え話をします。
私たちは、この地上から、天国(神の世界、普遍意識)に近づいて行くために、自分の力だけでジャンプしても到底、天には届かないのです。
どうやったら、私たちがこの天国に行けるかというと、ステップが必要なのです。
そのステップとは、私たちの目の前に立ちはだかる壁です。それが、「赦し(ゆるし)」のステップになるのです。
一昨日の誕生日で、私、田久保剛は50歳になりました。
50歳って、なんかこう…もっと違う次元かな、、なんて若い頃から漠然と想い描いていましたが、意外と気持はそんなに変わらないかな…というのが正直な気持ちです(^_^;
しかし、いずれにしても人生の期間から見たら大きな節目ではあります。
振り返れば、ここまでの人生の半分は、スピリチュアル、霊的真理の世界に関わってきました。
こうした、私の霊的真理の情報発信は、それを受け取って頂く皆様がいて初めて、この次元での愛(神)の創造として成就します。
その感謝の気持として、私の「無料メールセミナー」登録者に、約1ヶ月間の期間限定で「誕生日プレゼント」をご用意しました。
精神世界の名著、「黎明」著者・葦原瑞穂の講話録音と田久保剛の解釈から学ぶ集い、というコンセプトで開催している、
『人類意識の夜明け・特別セミナー』(旧称:特別セミナー『普遍意識の自覚と地球の夜明け』)
は、先日、東京でVol.1、2を2日間連続で行い大盛況の内に幕を閉じました。
お陰様で、この特別セミナーは、今回で通算10回目の開催され、「黎明」や葦原瑞穂さんと深い縁のある多くの方々にご参加頂きました。
ここまで開催してきて、講師を務めた私が感じている、この特別セミナーの霊的真理から捉えた真の目的について、参加者の声と共にお伝えします。
先日、我が家の最愛のペット、雌のモルモット、チャコちゃんが天国に旅立ちました。
言葉にできないような、もの凄く深い悲しみと寂しさで、でも、そんな感情をこうして表現しなくてもいいかな…とも思っていたのですが、
この世に生まれて、私と私の家族とこの家が、ほぼ唯一の世界であったモルモットのチャコのために、その出逢いの真理と、この世界に生きた証を残し、その意味を私が受け止め、忘れないために、まだ気持ちの整理もつかない今の気持をこうして書き記すことにしました。
また、今は正に、その渦中にいる私ですが、ペットロスで苦しむ人が、少しでもその痛みを良い意味で共有し、その事で少しでも真の癒やしに向かうきっかけになればという気持で、
その気持と同じような意味を持つ表現だと、私、田久保剛が捉えている作品も引用してお伝えします。
スピリチュアル情報を学んで、悟りを目指そうとする方の多くが、そのゴールを「非日常体験、神秘体験」に置く傾向があります。
悟り体験の一側面に於ける「非日常体験・神秘体験」という現象は、それを必要とする一部のタイプの方に結果としてもたらされる、ひとつの一里塚のようなもので、悟りの必須体験ではありません。
この「悟り」と「非日常体験、神秘体験」を結び付けてしまう背景を田久保剛の経験に基づいた解釈でお伝えします。