地球の変容・アセンションは完了したのか(新版「黎明」読解〜その3〜)

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阿久遺跡/田久保剛

新版「黎明」には、まるで未来からのメッセージのように、「地球の次元上昇・アセンション」が過去形で表記さています。

このメッセージを、物質次元が表現されている今、どのように読み解くか。田久保剛の解釈をお伝えするシリーズ、最終話です。

この記事からお読みの方は、どうぞ初回の記事 〜その1〜 からお読み下さい。

さて前回の記事では、ある意味で読者を困惑させている、既に、「十万人が普遍意識の自覚に至る」「地球は、物質次元から表現領域をエーテル・レヴェルに移行した」という、衝撃的な表現について書きました。

今回は、「地球の変容」を成功させるための教訓、注意点、そして、これらの過去形の情報を理解する上でのヒント、また、新版「黎明」がこのように世に出た、田久保なりの背後の推察をお伝えします。

“アセンション”7度目の正直を成就する為に

さて、ここまでの記事では、新版「黎明」の「第十二章 地球の変容(ASCENSION)」の多くの表記が、旧版の同章の現在進行形、または、未来形の表記とは違う“過去形”表記になっていた部分に重点を置いてきましたが、この表現の解釈の前に、

そもそもこの「地球の変容」から学ぶべき事を、過去のそれぞれの文明期の6回のアセンション失敗からの教訓及び、もう失敗のゆるされない、7度目の機会に成就させる為のポイントの一部を「黎明」抜粋、引用から確認してみたいと思います。

第四進化系のハイパー・ポーリアン文明期からアトランティス文明期末期までの周期(中略)では、大半の人達が物質レヴェルの世界観に囚われたまま利己的な目的の追求に走り、全体の目覚めには至らなかったために、人類の意識が変容することは叶わず、浄化のプロセスに因ってその文明がほぼ壊滅するといった現象が、過去に六回とも繰り返されていました。
(新版「黎明」葦原瑞穂著・上巻P252・L12より引用/赤字は田久保)
その当時は個人的な利益の追求や、恐怖心、憎悪といった否定的な感情に支配されて他人との争いを止めなかったり、物質に偏り過ぎた生活に溺れていて、目覚めることなく災害に巻き込まれ、肉体を離れて逝った魂たちが多くいました。
(新版「黎明」葦原瑞穂著・上巻P253・L4より引用/赤字は田久保)

また、本来、「地球の物質からエーテルへの波動領域への移行」は、人類の意識の進化とのバランスによって進行するものだったのが、それが早まった幾つかの理由の中で自覚すべき教訓と感じるのは、
地球人類が近代のごく僅かの期間に大掛かりな自然破壊を行ったために、生命体としての地球のバランスを大きく崩してしまったこと等も大きな影響を与えています。

これに加えて二十世紀の中頃から核エネルギーが使われるようになって、原子核を無理に引き離すような人工的な操作が頻繁に行われるようになった結果、地球の物質体を構成している原子を維持する核力(強い相互作用とも呼ばれます)の働く期間(中略)が急速に短縮されてきた等の事情によって地球が物質的ヴァイブレーションから「早世する」ような事態が起こり得る可能性が出てきたこと等も、当時の人達には予想が付かなかったと思われます。
(新版「黎明」葦原瑞穂著・上巻P261・L3より引用/赤字は田久保)

この、核エネルギー使用によって、物質体を維持している、「核力」が無くなっていく話は、特に講演会活動では非常に専門的で緻密な表現で多用していた話題で、人類の本質的な選択を問う葦原瑞穂さんの力強いメッセージのひとつでした。

この核力がなくなる事で物質が崩壊する表記は、新版「黎明」上巻P273最終行〜にも記されています。

黎明期の私達に与えられた役割・使命

次に、「アセンション成就」に至る過程の浄化の期間に、“私達”の役割、使命についての表記です。

地球の大いなる変動期に光の柱となって、地球圏の混乱を最小限に止め、その意思のある可能な限り多くの魂が未来の地球に残れるような仕事をする役割の人たち(読者の皆さんのことです)を配慮していたもので、これらの方々が外界にどんな困難が現象化されたとしても、不動の心の状態を維持できるように成長するための期間として、人類の教育を担当する大師達の深い愛によって用意されたものでした。
(新版「黎明」葦原瑞穂著・上巻P263・L6より引用/赤字は田久保)

1998年の初版「黎明」に出逢った時、このメッセージを見つけた私は、魂を射貫かれるような強烈な体感を経験したのですが、

つまり、精神領域では既に「成就、完了している地球のアセンション」が、無事この物質次元に現象化(つまり物質次元がなくなる事)して、多くの魂が新しい地球の表現を始めるまでの、浄化の最終段階(ある意味、現象的には大変な状況)で、『今』、こうした情報を知った者の在るべき姿のヒントが、特に、この赤字強調部分にあると、私は改めて思うのです。

ちなみに、私を含め(^_^; このような知識に関心を持って学ぶ事が好きな方々に、注意しておくポイントとして、葦原さんから、常々聞いていたことは、

「知識を得る事には、同時に責任が伴う」
「知っていて実行しないことは、知らずに実行しないよりも霊的カルマの責任が大きい」

と言う事でした。

その人がどのような意識レベルにあろうとも、これまでの地球の滞在期間をどれだけ有効に使って、自分の魂を成長させたかが問われるわけで、地上で魂を成長させる努力を怠った者は、進化の前段階に戻されて、やり直しをさせられることを言っているのです。
(新版「黎明」葦原瑞穂著・上巻P265・L19より引用/赤字は田久保)

黎明の転換期に現象として困難が一番大きかったのは、意識が未発達だったため、不調和で利己的な表現を止めなかった人達や、それまでに地球人類が作り上げてきた固定観念に深く囚われていた人達、それに想念が重く、自分と世界との分離感を手放すことができなかったために、ヴァイブレーションの変化に付いていけなかった人達でした。
(新版「黎明」葦原瑞穂著・上巻P272・L20より引用/赤字は田久保)

この引用の直後にも、いわゆる今の物質現象世界の価値観、安定の基盤にしている、権威やお金の力がなくなっていく状況と、それに執着して手放せずに苦しむ人々の背景が記されていますので、新版「黎明」の該当箇所を注意深く吟味しておくことは、今の期間の在り方に役立つと思います。

神の適材適所

私が主催する「ライトワーカーのための特別講座」の講義で、「自然淘汰」という話題が出たことがあります。

私は、この「自然淘汰」という表現が、多く一般的に使われる時の背後に、微妙な、排他的エネルギーを感じる事があって、様々な現象に、この表現を適用するのが、あまり好きではありませんでした。

そして、特にスピリチュアル分野の情報の表現に、こうした差別、排他的エネルギーを含んだ言葉として表現される事が多いように感じます。

つまり、そこに善悪の判断を持ち込んで、他人の評価基準にしたり、差別したり、蔑んだり、もしくは自分を責める基準に使ってしまい、恐怖心すら生み出すのです。

淘汰という表現に、こうしたエネルギーを含ませておくと、その背後に生まれるエネルギーは分離意識、自我意識に注がれるので、普遍意識との経路を塞ぐ、本末転倒な結果になりやすく、まさに、エゴの思う壺、「特別性の罠」「エゴ・トラップ」になってしまいます。

物質的現象の視点では、様々な生命の表現の変遷や無くなっていく現象があっても、それは、限られた視点(物質的視点等)を前提とした相対的な表現で、絶対の視点で表現すれば、その本体で在る霊的存在、魂が、最も適切な学びを得たり、役割を果たす場所を選択してそこに表現を変化させただけだと捉えているのです。

そういう意味では、「適者生存」という表現にも、相対世界のエネルギーを感じてしまいます。「生存する」という表現は、「生存しない」という対極を生み出します。

全ての本質は初めからそこに、ただ在って、最適な表現を変遷しながら経験と共に成長しているのだとしたら、「生存しない」ものはない。

田久保剛/八ヶ岳そこで浮かんできた言葉が、「自然淘汰」ではなく、『神の適材適所』という表現です。

全ては、完璧な『神(普遍意識)の采配』として、起きている事で、それを限られた視点でジャッジできないと言う事です。

ここを押さえておかないと、これら「地球の変容」についての、ある意味での先取り情報の知識は、マイナスに作用する道具になってしまう危険性があります。

この「地球の変容」についての、ここまでの情報を身につける責任と同時に意識したいことは、葦原瑞穂さんも「注意して頂きたい」と繰り返し強調している次の様な部分だと感じています。

ただここで注意して頂きたいのは、黎明の前に肉体を離れていった魂のうち、不調和な表現で学び続ける世界を選択した人たちも、宇宙の進化の中で各自が必要な役割を担っているわけですし、その他の、他の惑星や恒星系から転生してきた人達の中には、彼ら、彼女らの仕事が終了して母星に還ったり、彼ら、彼女ら自身の次の進化の目的のために、また別の惑星や恒星系に移ったりしている魂達も多くおり、それぞれの役割を果たしていますので、地球に残っていた人達のみが特別な進化の階段を上がっていったわけでないことも、理解しておいて頂きたいと思います。
(新版「黎明」葦原瑞穂著・上巻P262より引用/赤字は田久保)

田久保剛/アセンション

ここで特に注意して頂きたいことは、地球のヴァイブレーションが変化し、最終的に安定した状態の表現世界には、魂の進化が付いて往けなかった人達が、他の星に転生し、現象的には地球人類の分離が起こったように見えても、意識の未熟な人達が進化した地球から追放されたと考えることは適切ではありません。このような考え方は分離感に基づくものであり、排他的、もしくは否定的な波動を含んでいますから、自らもまた未熟な意識の状態であることを露呈しているということを、肝に銘じておいて頂きたいと思います。

正しい視点というのは、それぞれの魂が自分にふさわしい環境を選んで、新たな生活を始めるというだけのことですが、その際にもう少しの努力をしさえすれば、あるいはもう少しいろいろなことに気付くことができたなら、苦痛の多い分離世界での経験をそれ以上しなくてもすむ魂たちが数多くいたことが、わたしたちの奉仕の目的だったわけです。
(新版「黎明」葦原瑞穂著・上巻P266より引用/赤字は田久保)

過去形表記の謎を解くヒント

さて、いよいよ、「第十二章 地球の変容(ASCENSION)」の“過去形表記”に混乱された方に、この表現の捉え方を理解するヒントについて触れたいと思います。

そのヒントは、この章の各所に示されていますが、次の様な表記箇所です。

全体意識レヴェルを引き上げる効果としても最も強力な手段となるひとりの人間の解脱は、単なる個人的な目的ではなく、人類全体、更には宇宙全体に計り知れない貢献をもたらす、全体の目的にも一致していたのです。
(新版「黎明」葦原瑞穂著・上巻P268・L16より引用/赤字は田久保)

ポイントは、『ひとりの人間の解脱』です。この一人一人の意識を通して、普遍意識が、数多くの側面を経験しているのです。

黎明の時代には、様々な地球上の特定の日時が、あたかもその日から総てが変わるように取り沙汰されていましたが、これは状況に対する誤解で、外界というものは個人の意識の進化に伴って変化するものであり、本人の努力に因る意識の変容のみが世界を変えるという真理が理解されていなかったことで発生してきたものです。どのような時代であれ、普遍意識を顕現した魂は、その意識の中で、その波動で現象化した真実の世界を観ていたという真実が、この時代にはまだよく理解されていなかったのです。
(新版「黎明」葦原瑞穂著・上巻P263・L17より引用/赤字は田久保)

「アセンションは、何年何月頃おきるのでしょうか?」

これはよくある質問の三本の指に入るかもしれません。

この回答は、質問者によって様々な側面があるのですが、私が印象的だった回答は、

「特定の日時というものはなく、人それぞれ違います。たとえて言うなら、イエス・キリストは、既に2000年前にアセンションした世界を視ていたわけです…」

というようなものでした。これも大きなヒントになりますね。

田久保剛/葦原瑞穂講演会

この一連の過程が何を意味していたかということは、視ていた人のヴァイブレーションに全面的に依存するものであって、外の世界の様子は参照した波動、つまりその人の意識状態に因ってそれぞれ異なった現象になっていたわけで、そのひとつひとつのドラマが、地球の変容の過程の各側面を構成していました。
(新版「黎明」葦原瑞穂著・上巻P271・L11より引用/赤字は田久保)

本来時空間の表現されていない世界である普遍意識のレヴェルでは、時間を追って現象が変化していく物質レベルとその影響下にある波動領域の観察方法で説明される流れとは、全く違った出来事であることを認識して頂かなければなりません。従ってこの説明から推測できる如何なる観念も、普遍意識の実際の体験に換えられるものではないことを改めて注意しておきたいと思います。
(新版「黎明」葦原瑞穂著・上巻P275・L18より引用/赤字は田久保)

この「第十二章 地球の変容(ASCENSION)」の最終ページP276には、時空間の表現がない、総てがそこに在る、普遍意識の視点から、「現象宇宙の総て」「地球の変革期」そして、この情報を目にしている我々、「地上に肉体を表現している人」のアセンションが成就された時の様子が、ダイナミックに表現されています。

ここを読んだときに感じる壮大な圧倒されるようで、しかし、もの凄く精妙で静かで深く広大なエネルギーこそ、葦原瑞穂さんを通して文章表現に顕現された普遍意識で在って、その時味わう感覚が、それに共鳴した自分の普遍意識のエネルギーなのだと思います。

こうして、深遠な神の経綸として、既にその最も究極の原因想念の世界で成就されている「地球の変容」の情報に対し、私達は、恐怖や不安の想念で邪魔をせず、それを信頼し、安心し、日々、使命として最適化された、日常の目の前の事に、普遍意識(愛)を顕現する向き合い方をし続ける事なのです。

よくわからないという理解

今回、新版「黎明」の「地球の変容」の表現に対し、こうして田久保の解釈を書こうと思ったきっかけは、捉え方で混乱されている読者の方から、著者ではない私宛に、何かからのメッセージのように、葦原瑞穂さんの命日を機に、同時多発的に複数の方から質問を頂いた事でした。

そして、私自身、感覚的にしか捉えていなかったものを、こうして言葉としての解釈に向き合っていたときに、ふと「よくわからない」という感覚が湧き上がり、その瞬間にいろんな事が「わかった」のです^^

田久保剛この感覚は、慎重な説明が必要なのですが、私も、ご質問を頂いた方々や、これからこの表現に触れる方々が混乱しないようにと、良かれと思って解説しようとする行為が、知らぬ間に、「高次元を観念に閉じ込めようとする」過ちに気付いたのです。

もし私が、この物質レベルの文章表現上で、「わかった!こういうことだ!」となったら、その時点で、

高次世界における超意識活動を、文章という手段による物質世界の貧弱な観念をもって表現しようとする無謀な試み
(新版「黎明」葦原瑞穂著・上巻P275・L15より引用)

になっていたのです。

ですから、「物質レヴェルを超えた次元のことは、物質次元の思考ではわからない」という感覚が、少なくとも文章で表現しようとしていた私の意識の焦点では正解なのだと言う事です。

「どうして、こんな厖大な情報を表現できるのですか?どこから仕入れた知識なのですか?」

これもよくある質問ですが、葦原さんは、

「実は、皆さんも識っている事なんですよ」と笑いながら、いくつかの側面のひとつとして、

「普遍意識に問いかけておく」

という方法をよく採っている、と答えていました。

元々識っている、つまり全員、本来は普遍意識と繋がっているのだから、「しならい、わからない」という否定的な想念で塞がず、本質的には総てを識っている前提で、全知全能で在る「本当の自分」普遍意識に向かって、

「〜について教えて下さい」

と問いかけておく。

そして、その答えは、その人にとってベストなタイミングで、様々な表現で示されるという手法です。

葦原瑞穂/地場調整近くに居た人の何気ない会話や、何気なくつけたテレビ番組、ふと手にした本にそのヒントが示されていたり、もしくは、昨夜までわからなかった事を問いかけて眠りに就いたら、ある朝起きると既に識っている自分がいた…等々。

こうした手法は、私自身、同じように以前から採用しているものです。

もし、観念の迷妄に陥りそうに思ったら、是非試してみられると面白いと思います。

新版「黎明」の出版はフライングだった?

さて最後に、私なりに今回の表現の謎についての推察と、その背後に感じる大いなる計画についてお伝えします。

あくまでも推察ですが、私は初め、この「アセンションを完全過去形」で表現された新版を、葦原瑞穂さんは、上巻の原稿を入稿した当初、ご自身で出版時期をある程度予想、あるいは後に自分で判断しよう決めていたのではないかと思いました。

ある意味では、見切り発車というか、ご自身の意識の中で明確に視ていた、やがてこの地上次元にも現象化される状態を先に入稿しておいた、という事です。

「幽界が浄化されてほとんど残っていない」「いよいよ準備が整いましたね…」というような発言、情報は、2016年春頃、葦原さんから直接聞いていましたし、同じくその頃、「やっと上巻を入稿しました」と聞いていました。

と言う事は、その時点で、「アセンションを完全過去形」で表現された原稿が、出版社に渡っていたわけです。

しかし、その時点の地上の状況は、私の主観では、この物質次元はまだまだ力強く表現を続け、私の知りうる限り、「ついに、地球がエーテルベヴェルに移行しちゃいましたね…」などといった発言など誰もしていない状況でした。

「黎明」は、上下巻セットで初めて発行されるものですし、当初の計画のひとつには、合本したケース付き豪華版のような構想もあったと聞いていたので、上巻を入稿しても、下巻原稿がまだ構想段階だったという事実から、発行はまだまだ先の事、という認識は、葦原さんも自覚していたはずです。

阿久遺跡/田久保剛もうひとつは、上巻入稿の後、つまり、昨年の4月中頃以降に、葦原さんが結果的に最期の地場調整の仕事として、非常に注力されていた、アセンションを成就する為の重要な計画、「阿久遺跡復活プロジェクト」が始まった事です。

つまり葦原さんは、その時点で、多くの我々読者と同じく、この物質次元を明確に意識しながら、その物質次元ででしかできない役割として、上の方々との共同作業で、「阿久遺跡復活プロジェクト」という、浄化とエネルギー波動調整の仕事に取り組まれ、それが、新版の下巻に記される予定だったはずです。

こうした状況を見ても、葦原さんの構想のどこかに、新版が実際に書店に並ぶタイミングを、「アセンションを完全過去形」で表現しても、読者に混乱が起きにくいタイミングを見定めて、「GO」を出そうとしていたのではないか…と言う事です。

しかし、葦原さんの顕在意識も含め、地上での誤算は、実際には、そのタイミングの指示を出せぬまま、ご自身は肉体を離れ、別記事でその背景を話しましたが、著者の意志とは別のタイミングで「新版出版」⇒「今回のような物議を生み出す」、という流れだと捉えると、まあ、納得はできます。

つまり、新版「黎明」発行は、実は、フライングだったのでは… という推測です^^

出版社の方も、著者亡き後の、この新版の発行は悩みに悩んだと言われていましたし、そのプロセスでは、まるで天からストップがかかっているんじゃないかという現象の数々もあったと聞いています。

しかし、ここまでは、地上の物質世界に限定された人間の視点での見解です。

新版「黎明」の出版タイミングは普遍意識の計らい

私は、「起きている事が正しい」という事が真理だと捉えています。

どこまでいっても、本質に於いて「間違いは生じていない」と言う事です。

それを、この物質次元の表現世界で、分離意識のフィルター越しに捉えると、「間違っているように見える」というだけです。

時空間を超越した高次の精神領域、もっと言えば、普遍意識から現象を視れば、「何も間違ってはいない」、と言う事です。

この「フライング」のようにも思える、新版「黎明」がこのタイミングで世に出たことも、その表記に困惑する読者が出たことも、すべて、自我意識の視点での計画を超越した視点では、“正しい”と捉えています。

その視点を大前提とした場合、今、この時期に於いて、この「地球の変容」の章の表現が我々に手渡された意味がとても興味深く、それこそ、この表現の理解に意識を向ける事によって、より効果的に多くの人々に意識の進化の影響を与えることができるかも知れませんし、

それは、著者、葦原瑞穂さんの魂の個的表現の意図をも超えた、「宇宙の意図」として、この上巻までだけを書き終えた新版「黎明」を、神から「地球の変容・アセンション」という大いなる経綸を地上に顕現する計画の為に、利用していただいているんじゃないか…とさえ思えるのです。

葦原さんはよく、

「エゴなんか恐れずに行動して下さい。人間のやるどんなエゴも、普遍意識には、全体の目的の為に利用されるだけですから…」

と言われていました。

黎明/葦原瑞穂

私は、葦原瑞穂さんの顕在意識で、そこまで見越してやったとは思えませんし、もちろん、「上の方の方」になった今、あちらの世界で、壮大な魂の計画を眼下に観降ろし、新版「黎明」上巻の原稿を遺したまま肉体を離れ、それが、今、地上でこのような表現で出版され、多くの読者が、その理解に挑むことで進化を得る完璧な「宇宙の意図」を視て至福を味わっているかもしれません(^_^;

* * *

さて、3回に渡って、お届けした「地球の変容・アセンションは完了したのか(新版「黎明」読解)」でしたが、いかがでしたでしょうか?

今回の新版「黎明」のミステリアスな章「地球の変容」に向き合う事を機に、11月から開催する「特別セミナー『普遍意識の自覚と地球の夜明け』」では、この新版の「地球の変容」を読み解く足がかりになるような講話録音も公開すべくピックアップ中です。

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コメント

  1. 今西 より:

    「知識を得る事には、同時に責任が伴う」

    「知っていて実行しないことは、知らずに実行しないよりも
    霊的カルマの責任が大きい」

    この言葉が、私の魂に響きました。

    知っていること、悟っていることに価値はない。

    その覚醒意識をどう、集合意識の向上に繋げられるか?

    己の普遍意識への貢献の祈りの姿勢を高めたいと思います。

    1. 田久保剛 より:

      今西さん

      コメントありがとうございます。

      霊的真理を学ぶ者が、常に肝に銘じて起きたいことですね。

  2. 大阪隆夫 より:

    上記に以下のものがありました。

    私は、「起きている事が正しい」という事が真理だと捉えています。
    どこまでいっても、本質に於いて「間違いは生じていない」と言う事です。

    この記述はどの視点に立つかによって受け止め方は異なるとも言えるますが、
    私はこの言葉どおりであってほしい、それが真実と思いたい、思えたら
    どんなによいのに。と残念ながらそんなところの彷徨から抜け出せて
    いないのです。と言うのも
    「起きている事」というのがこの地上での一切の出来事を指すとすれば、
    たとえばシリアで、ISに拉致され親から引き離された子どもたちの中に
    体に爆弾を巻き付けられて、ISの兵士に誘導されて人々の集う繁華街の
    一角で自爆テロの実行を強制され、恐怖の中に死んでいった事件が
    ありましたが、俯瞰してみるとき、この事件の背景に「普遍意識」がある
    とするなら、愛そのものであるはずの普遍意識が何らかのかかわりによって
    生じる事件としてはあまりにも惨い。あってはならないこと。
    普遍意識にはかかわりなく、まったく分離意識のもとに生きる人間の
    なせる技ではないのかと思いたい。と言った具合で、どう整理を付けるか
    苦しいかぎりです。そうした出来事は世界にどれほどあるか……

    田久保さんはこの当たりをどのようにとらえておいででしょうか。

    1. 田久保剛 より:

      大阪さん

      コメントありがとうございます。

      「この記述はどの視点に立つかによって受け止め方は異なる」

      この事に尽きますので、自我意識に於ける、それぞれの視点で、「じゃあ、こんな悲惨な出来事さえも、間違っていないと言えるのか??」という議論は平行線のままです。

      もっと言えば、自我意識のどの視点でもありません。

      自我意識に於ける「愛」も「俯瞰視点」も、私が表現している「起きている事が正しい」という言葉と交わる視点ではないのです。

      さて、記事中にもあるように、この回答を、文章だけで表現しきることも、まして、この返信コメント内で表現する事も、無謀な試みです(^_^;

      でも、せっかくの貴重な問いかけですし、多くの方がこの疑問にぶち当たりますので、いずれ、このテーマで別記事を書いてみたいと思います。

      もしくは、機会があったら、直接イベントなどでお話ししましょう。(文字だけのやり取りは限界があります…)

  3. 奈良明彦 より:

    田久保さんの多面的な説明や解釈を知ることができ、大変参考になりました。
       
    《新版「黎明」の出版はフライングだった?》についてですが、私も、葦原さんは
    出版時期をもっと後に設定していたのではないかと少し前まで考えていましたが、
    今は、地球変容前のこの時期の出版を、最初から意図しておられたのではないかと
    思うようになりました。(以下が、その理由です。)

    地球変容後のエーテル体の世界においては、物質体である本は存在できませんから
    情報伝達手段としては使えなくなっていますし、地球が変容したことをすでに知っ
    た人々に対して変容に関する情報を教える必要はないと思いますので、地球変容後
    の出版は考えておられなかったと推測します。

    しかしながら、地球変容前の出版は決めていたとしても、どのタイミングでの出版を考えておられたのか、という疑問は残ります。

    この疑問についてですが、ここから先も推測です。

    新版「黎明」上巻268ページ12行目から14行目にかけて、次のような記述があります。
       
    《二十一世紀初頭の黎明の時期においては、およそ十万人が普遍意識の自覚に至ることができた時点が臨界レヴェルとなって、他の恒星系に帰る人達は別にして、地上および地球圏の精神階層にいた人達を、それ以降の新しい地球に繋がることのできる波動レヴェルまで高めることが可能になりました。》

    この記述から、黎明の時期は二十一世紀の初頭であることがわかります。

    初頭という漠然とした表現を、もうすこし具体的に、2001年からいつ頃までの間を指すのか、辞書やインターネットなどで調べてみますと、短く捉えた場合には2010年頃まで、一番長く捉えた場合には2033頃まで、という捉え方ができるようです。

    2010年はすでに過ぎていますので、一番長いスパンの2033年頃までと捉えてみますと、今から計算して約16年後までには地球は変容し終えているということになります。

    つまり、約16年後までの間に(従って、早ければ1年後かもしれませんが)、地球の変容が確実に起こることを意味していると受け取ることができます。

    しかも、過去形で表現することによって、どんな邪魔が入ろうとも確定事実として変容は必ず起こることを普遍意識が保証している、というメッセージを込めているとも受け取れると思います。
        
    そうだとするならば、このメッセージは、ライトワーカーにとってとても大きな励みになります。
    山頂がすぐそこにはっきりと見えたことによって、ライトワーカーの迷いや不安、恐れや動揺などのネガティヴな波動が消えやすくなり、よりいっそうの自信を持って積極的に行動することで、世界に良い影響を与え、その結果、より多くの人々の意識を高めることに貢献することができるようになると思うからです。(一方では、自分が努力してもしなくても変容が起こることに甘えて、努力しない方を選択すると、次元上昇について行けなくなる危険性もつきまとっていると思いますが。)

    以上のことから、変容が目前となり、新版「黎明」の情報を生かすことのできる最後のチャンスとなった、今この時期こそが出版の絶好のタイミングだったのではないかと思います。

    1. 田久保剛 より:

      奈良さん

      コメントありがとうございます。

      また、貴重な投げかけによって、他の多くの読者の方々にも、この事実に意識を向けて頂く事が出来たと思っています。

      頂いたコメントのように、いろいろと注意深くこの新版「黎明」の表現を詮索するのは楽しくもあり、自分の様々な理解度を知る機会にもなって楽しいですね。

      頂いたコメントの見解は、ほぼほぼ私も同じですが、私も同じ事を考えていた部分で、まだ捉え方が困難な部分もあります。

      それは、

      「地球変容後のエーテル体の世界においては、物質体である本は存在できませんから情報伝達手段としては使えなくなっていますし、地球が変容したことをすでに知った人々に対して変容に関する情報を教える必要はないと思いますので、地球変容後の出版は考えておられなかった」

      の部分ですが、前半の、

      「地球変容後のエーテル体の世界においては、物質体である本は存在できませんから情報伝達手段としては使えなくなっています」

      ⇒これは、エーテルレベルに於いて、見た目は物質表現と同じような著書の存在はあり得ると私は思うので、情報伝達手段として、エーテル体の表現媒体に於ける著書も十分、使われるのではないかという意見です。

      「地球が変容したことをすでに知った人々に対して変容に関する情報を教える必要はない」

      ⇒対象は、「すでに知った人々」だけではなく、地球の変容のエネルギーと共に移行し、しばらくは、何事もなかったように感じている人の中で、その後の必要な役割のある方には、「変容に関する情報を教える必要」はあるのではないか、と思う部分などです^^

      我々の次元に於ける、時間の考察も興味深いですね。物質次元に於ける変容の時間の推察は、私も同じようなタイミングを感じておりました。

      いずれにしても、私は葦原さんの顕在意識の意図を超えた部分で、今、この時期に出版された、もっと大いなる意識の意図、計らいを感じており、その解明にも関心をもっています。

      そして、これら一連の事象は、まさに、励みとなる、ポジティブな情報として受け取ることが、その計らいに素直に向き合う事になると思います。

  4. 大埜 直輝 より:

    いつも分かりやすい解説をしていただきありがとうございます。上巻369ページ、9行目に、21世紀の終わり頃には、他の人の肉体を使ってメッセージを送ったりすることさえ、めずらしくはなくなってきたわけです、とあります。これは、どのように理解すれば良いのでしょうか。

    1. 田久保剛 より:

      大埜さん

      ご質問ありがとうございます。私は著者の葦原瑞穂さん本人ではありませんので、真意は分かりませんが、とても興味深い箇所なので、私なりの見解を述べたいのですが…

      このコメント返信では収まらないので、数日内にブログ記事として掲載したいと思います。
      少しお待ちください(^_^;

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