私たちが、日常生活や仕事に於いて、どうも最近、調子が狂う、上手く物事が進まない、アイデアが浮かばない、スランプに陥ってる、イライラしている、すぐに怒ったり、心細くなったり、人の意見が気になったり、逆に批判的になったり、心配になったり、不安なったり…
ネガティブな精神状態は挙げていけばきりがありません。
そんなような状態に陥ったとき、そこから抜け出す上で、私、田久保剛の体験に基づいた、かなり核心的なヒントとなる話をシンプルに書きます。
『神は常に共に在る』
結論から言うと、調子が狂う時は、“自分だけ”で心配して考えこんでしまって、“神を忘れている時”なのです。
「神」とは、自分の本来の存在、実在、本当の自分、普遍意識のことです。
“自分だけ”で、とは、“自分が、他の存在と分かれている、という見方をする”、分離意識、自我意識のことです。
人体に喩えるなら、手の指や、耳や鼻、各種臓器等々…そんなそれぞれの人体の部分に、それぞれの意識が仮にあったとして… たとえば、右手の「親指さん」の自我意識が、“自分が人体全体の一部の存在である”ことを忘れて、あれこれ考えている状態です。
この譬えでいえば、右手親指さんは、元々、人体全体の一部で在って、右手親指を指して、人体と言えるのです。
右手親指は一度も人体から切り離されたことはないのです(^_^;
つまり、右手親指は常に人体として存在している、ということです。
私たち個々の人間は、元々、普遍意識(神)の一部で在って、人間を指して、神と言えるのです。
『神は常に共に在る』
これが真理です。
一緒にいるのに、自分で勝手に目を瞑って、耳を塞いで、そして、その闇の中で、心配して、焦って、騒いで、困っている。
困ったもんなのです(-。-;)
忘れているのはいつも自分(人間)です。
自分で忘れておきながら、「神はいないのか?」って嘆いたりする勝手な生き物です。
神(本当の自分)から言わせれば、とんだ言いがかりで、「いつもいるんですけど…」って感じでしょうか(笑)
一瞬たりとも神は離れないのです。一度たりとも離れたことはないのです。
心配は神にさせておけばいい
「そんなの当たり前だ…」
「そんなの知ってるよ…」
そう言う方は、困った事など何一つ起きていない方かもしれません…本当の意味で識っているのなら。
困ったり、動揺したり、心配したり、イライラしたり、ムカついたり、虚しくなったり、悲しくなったり、悔しくなったり、嫉妬したり、自己嫌悪に陥っている自分がいたら…
その時は、『神と共に在る真実』を見失っている時です。
その事が、ネガティブ感情によって示されていると“気付いて”ください。
ネガティブ感情に巻き込まれて、落ち込んで着る状態は、大切な真理を忘れているサイン、シグナルなのです。
自分で勝手に見失っているだけで、神はいつも共に在る。
この単純な真理をいつも思いだしてください。
別な言い方をするならば、『意識を神に合わせる』ということです。
その真理を思い出したら、あとは何も心配しないで、自分の置かれた場所で、導かれた先で、目の前のやるべき事をひたすら誠心誠意、心を込めて、愛を込めて、一つ一つ丁寧にこなしてくだけです。
さて、『神と共に在る真実』を思い出したあなたに何が起きるかは、是非ご体験して頂きたいと思います。
分離意識が映し出した鬱々とした世界から目覚め、晴れやかな気持、力強さ、閃き、清々しさ、活気、佳い波動、溢れ出るエネルギーと共に、あなたを通し偉大なる力があなたの創造活動の味方をしてくれるパワーを感じるでしょう。
その体験によって、如何に神が、あなたに期待していたか、あなたを通して、この地上でやりたいことがあったかを実感するかもしれません。
この物質次元で、私たちに与えられた仕事があるのです。それを放棄してはならないのです。私たちは「神の道具」です。
心配なんかしている暇はないのです。
そう、心配は神にさせておけばいいのです。
大切なのは“意識し続ける”事
さて、この事は、言ってしまえばとてもシンプルな事ですが、この知識を元に、実際に実践してみると、これが甚だ難しい事だと言う現実を痛感している人も多いかもしれません(^_^;
もちろん、上記の情報を読まれただけで、深奥の意識が共鳴し目覚めるような経験をされる方もいらっしゃると思います。もちろん、さらに日常で意識して実践するだけでも、いろんな気づき、体験ができると思います。(私のブログやメールを読んで、そういう目覚めの体験をされるご報告が特に最近とても多いです^^)
しかし、大切なのは“意識し続ける”事なのです。
この大切な真理も、そして変容体験も、つい、気付くと忘れているのです。
そして、忘れていた自分を責めて、
「結局、こんなこと知っていても役に立たないじゃないか…」
と捨て台詞を吐いて放置してしまいます。
そのうち、この大切な真理を思い出す事も忘れるぐらい、分離意識、自我意識が作った幻想の世界にどんどん嵌まり、社会的価値の幻想に翻弄され、悪循環の渦にぐるぐる巻き込まれていきます。
はい…何を隠そう、私がそういう経験を何度も何度も繰り返してきました(^_^;
今は、そのプロセスさえも、必要な経験だったと気付いています。
そしてその結果、私は、
『神は常に共に在る』
という真理を意識し続けるために、自分の想念、感情の状態に注意深く気付いて、どれだけ分離意識に邪魔されようと、いや邪魔されてもその邪魔さえも味方につけて、協力者に変えて、
徹底的に、日常生活の中で、その真理に意識を合わせ続ける方法をお伝えしています。
それが『普遍意識瞑想』です。
「え、瞑想って、目を瞑って、呼吸に意識を合わせて、じっとしているアレじゃないのか…」
と思われるかもしれませんが、それは形であって、その形の背景にある本質が大切なのです。
極論を言えば、本質さえ押さえられれば、形は人それぞれでもいいのです。
これは、「目を瞑って、呼吸に意識を合わせて、じっとしている形」を否定している訳ではありません。現に私は、ほぼ毎日やってます。
でも、必ずしもその形をしなければいけないのではなく、人それぞれに合った形に本質に基づいて実践していけば良いのです。
『普遍意識瞑想』は、あくまでも、私、田久保剛が、これまでの学びと実践に基づき、『神は常に共に在る』ということを日常生活の中で忘れないための瞑想ツールです。
この『普遍意識瞑想』を身につけたい方は、『普遍意識瞑想セミナー』で、その「正しい理解」「正しいやり方」をお伝えしていますので、ご興味があれば是非ご参加ください。
常に『神と共に在る』ことを忘れない。このメッセージを是非受け取ってください。
●日常生活で普遍意識に意識を合わせ続ける本質的瞑想法
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