「今・ここ」の真理を見出す方法

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田久保剛/CTPeak

「今・ここ」とは、スピリチュアル、精神世界、霊的真理…最近では、マインドフルネスと言われる分野などでも表現されています。

「今・ここ」とは何を意味するのでしょうか。

その本質とは何か、その本質をどうしたら見出せるのでしょうか。

「今・ここ」の田久保剛の解釈と、「今・ここ」の真理、本質を日常生活で見出す具体的な方法についてお伝えします。

スペースを空けると真理が見える

20年以上前に読んだ「神との対話」という本に面白い表現がありました。

「神なんて“どこにもいない…”」(※あなたがたが思うような天国や地獄はどこにもない)という表現に対して、「nowhere」・・・これは「どこにも(ない)」という意味ですが、「nowhere」は、「w」と「h」の間にスペースを空けると、「now(今)」「here(ここ)」が見える…というような話です。

私、田久保剛もよく、「私達の様々な心の反応に対してスペースを空けましょう…」という言い方をしていて、期せずして同じ事を言っていたな…と思ったのです。

「神も仏もいないじゃないか!」というように、人間の既知の知識のメンタルブロックが反応している時に、その自分をちょっと俯瞰する、スペースを空けるのです。

「どこにもない!」という嘆きは、私達人間の心の反応です。

だけど、「ちょっとスペースを空けてごらん…」 「冷静になってごらん…」というように、反応している心からスペースを空ける(距離を取る)と、「now」「here」になるのです。まさに「今」「ここ」ということです。

ああ、なるほど、面白いな…と思って、振り返ると、もうひとつ、私がよく表現することに、「神」という文字について。

「神って言うけど、どこにいるんだ…」という人間の反応に対し、スペースを空けるように、この「神」という文字に向き合うと、「示」す偏に「申」す…

つまり、(「神は)『示』し『申』しているよ…、今、あなたの目の前に起きている事が、『神』だよ…」ということです。

これは言葉遊び的な感じですが、法則性としてひとつの真理が現れているなと思ったのです。

結局、私達人間は、目の前に起きる出来事に、心が反応しっぱなしなのです。

過去の自分自身の経験に基づいて、自分で決めたルールという枠組みに反応して、まさにそこに囚われている状態になって、真理が見えなくなってしまうのです。

「真理」って何か…「真実」は何か…「知られざるもの」は何かと言うと、まさに知っているもので判断しようとしたものに対して、ちょっとスペースを空ける…事で見えてくるのです。

客観的に観るという事です。

その客観的に観ている側をあえて言うと、神様の観察視点なのです。

私達は、心の反応に囚われちゃっているから、巻き込まれちゃっているから、その枠組みの中から世界を観るしかないわけです。

そのフィルター越しに世界を観て、「世の中真っ暗だ…」「悪いことしか起きない…」といった、いわゆる自分自身のものの捉え方を世界に現してしまうのです。

神様が味わっている世界

だから、「ああ、自分の作った、こういう枠組みに対して、こういう出来事にこのように反応しているオレがいるぞ…」。

あえて擬人的、寓話的な表現をすると、たとえば私だったら、神が「田久保っていうのは、こういう経験をして、知らぬ間に築きあげられたこういう囚われの中にいて、こういうことがあると、こういうふうに反応しているんだな、なるほど」って「私の本当(普遍意識・神)」が自分(分離表現)を観察しているのです。

「ああ、そうそう、あなたのそのポジションで、そういう経験をしてくれて、なるほど、こういうドラマが見えたよ…」

と…あなたの、窓から見える、そのひとつのドラマに対して、楽しんでいる、味わっている…

だから神様は私達に対して「オマエ何やってんだ…」なんて言っていないのです。

常に、「(貴重な経験をしてくれて)ありがとう…ありがとう」と言っているのです。
あとは私達が、そのことに気づいていないだけです。

私達も同じ視点側に行けば良いのです。

「神様、何が見えるんですか…」って同じ側、つまり、自分の心の反応にスペースを空けて、「ああ、なるほど、そういう事だったんだ…」そして、「そういう事だったんだ…」っていうふうに味わい切ると、

「もう一回これ見る?」
「それとも、違うチャンネルのドラマを見る?」

と問われるような感じです。

そして、「もう一回観たい…」と言う人はもう一度見てもいいのですが、「いや、一度見たからもういいや…」という事なら、今度その状況が終わるわけです。

そしてまた、でもその状況を味わったからこその続編が上映されたりするのです。

その面白さが分かっちゃったからこそのパート2が見れたりするのです。

そうやって、言ってみれば、結果として手放せていくのです。

時空間幻想からの解脱

「何で私の人生こんなことばっかり起きるんだろう…」というのは、その、「こんな事ばっかり起きる事」を通しての教訓をまだ味わいきっていないから、「あれ、まだ分からないの?」となって、何か同じようなパターンのドラマが展開されるのです。

でも、心の反応に巻き込まれちゃっているから、往々にして気づかないのです。

だから心の反応に、スペースを空ける。

「今」という本質を見る為に、自分の心の「神や仏は、どこにいるんだ…」っていう反応に対して、ちょっとスペースを空けるのです。

観察するのです。

客観視点、第三者視点、俯瞰視点、いろんな言い方をしますが、自分で自分に対して距離をとる、スペースを空ける、客観的に観ると、神様と同じ側から観れるのです。

「今・ここ」というのは、神の真実です。

神は、まさに今ここに「示」し「申」されている、「どこにもない…(nowhere)」のではなくて、「今、ここ(now here)」に、常に示されている。

実は「常に、ここにいるよ…」「どこにも行かなくてもここに在るよ…」という事です。

そして、「今・ここ」は、時間、空間を指していますね。

「今」は時間、「Time」、「ここ」というのは空間、「space」。「タイム・スペース・イリュージョン」「時空間幻想」という言葉があります。

では、幻想って誰が作っているかというと、人間なのです。

私達人間のすごく狭い、「自我意識」という限られた枠組みの中で、想い描いたひとつの幻想です。

「過去、現在、未来」という「時間」もそうだし、「私がここにいる」というのは、物事を分ける意識で見ることで初めて存在する言葉なのです。

「私は無い」という表現も、スピリチュアル分野の情報にはありますが、この「私」とはどういうことかと言うと、

たとえば、私なら、田久保剛という個の存在と、それ以外のものという、この分離から見て初めて生じる言葉であって、この分離という幻想から外れると、

そもそも、「総てが私」「それが私」「ここが私」「今が私」。
だから、そういう意味では、今迄思っていた田久保という「私」は無い…「総てがそれ(目の前の世界が神)」で在る、私はそれで在る…ということです。

「神、在り」の意味

「神、在り」とは、「神が唯、在る」という意味です。

真理は、「神、在り」、以上。

なのです。

ただ、この「神、在り」という“言葉”は、「神、在り」そのものではないのです。

これは、「放棄」する、という意味です。

もう人間である、私が考える、過去積み上げてきた経験、体験、知識、あらゆる人間の、私の自我意識が作った考え方では実在は見えないから、もう放棄します…

私の知らない、でも唯、唯、元々在る神が、唯、そこに在るんだ…という真理に対しての、降参、万歳の宣言なのです。

それが「神、在り」なのです。

だから、「神、在り」と言ったその後、何も言えない。

「神、在り」

・・・
・・・
・・・
・・・

そして、また心の中から湧き上がる心の反応、「でも、『【神、在り】ってどういうことよ…』ってオレが思っているぞ…」「こんな事で、いつ分かるんだろう…」って思っているぞ…

そうやって、人間の心の反応を“見破っていく”のです。

そうすると、だんだん静かになってくるのです。

そして、そこには、ある意味では、何も無い。別の言い方をするなら、「唯、在る」という、これは言葉で説明できない状態、説明できないものを説明しているのですが、

つまり、私達がやる事は、ある意味で簡単なのです。

“見破る”

のです。

自分が、「いろんな事を考えているぞ」「この事に対して、解釈しようとしているぞ」「この事に対していろんなレッテルを貼ろうとしているぞ」「この事に対して意味づけをしようとしているぞ…」という自分に、神様側と同じ視点に立って「気づく」、スペースを空けるのです。

ちなみに、スペースは「宇宙」という意味があります。宇宙は「神」です。神は「無限」です。

私達人間は、この無限を有限に入れようとしているのです。無限なるものを、「知りたい」「分かりたい」と言うように。

これは全部、自我意識がしようとしています。

無限を有限に入れられる訳がないのです。

私は、この「真理」「神」「今・ここ」の本質というものを識りたかったら、「真理」を分かりたかったら、

『真理は頭で理解できないという事を頭で理解しましょう』

という事を言っています。

別の言い方をするなら、

『真理は論理で捉えるということが出来ないということを論理的に理解しましょう』
『真理は(頭、言葉、知識で)知る事が出来ないということを知りましょう』

という事です。

その姿勢、在り方で向き合った時に、結果として示されるものなのです。


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第2回テーマ:新版『黎明』「第12章 地球の変容」の過去形表記の謎と解釈(その2)

● 日時: 2020年3月14日(土)14:00〜15:30
● 対象箇所: 新版『黎明』上巻 P.249〜276 第12章 地球の変容
● 講師:  田久保剛(たくぼたけし)
● 参加費: 2,000円 (税込)
※当日の勉強会収録ビデオ付き(ストリーミング、ダウンロード形式/編集後、後日配布)
● 形式:Web会議システム「Zoom」にて
● 内容:
第2回は、「新版『黎明』「第12章 地球の変容」の過去形表記の謎と解釈」(その2)です。

第1回目の続きとして、葦原瑞穂氏が地上を去った翌年2017年に発行された、新版『黎明』の主に第12章「地球の変容」に表現されている、“過去形表記”の謎に迫ります。
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