田久保剛

前回の記事で、研修の講話中に記憶が薄らぎ、講義内容のほとんどと、その後の食事会の記憶がすっぽり抜け落ちてしまった不思議な体験をお伝えしました。

しかし、後で収録した講義ビデオには、確かに私、田久保剛が何ら違和感のない講話をしていました。

いったい、空白の時間は何を意味していたのか…

そして、「自分だけど自分ではない存在」の真相は何なのか、その問いへのヒントを伝えるメッセンジャーによって、徐々にその片鱗が見えてきました。

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